CBM関西2011に参加2011年10月04日 20時40分36秒

メビック扇町で開催されたクリエータービジネスミーティングに駆けつけました。
http://designkansai.net/CBM_kansai2011/

経産局が後押しするメディア・コンテンツ産業を支援するイベント。ITや映像、デザインを創る企業とクライアントの出会いの場としてプレゼンテーションが行われる。

新生メビックで開催されるオープンなイベントに参加したかったことや、発表者に懇意の彦根の街づくり職人(!)が登場することもあり、万障繰り合わせました(^O^)
出会った時期や場所が違う人がどんどん繋がっていくことに、喜びを感じます。

古めかしい大阪市の旧水道局庁舎から、関テレやキッズパークの入居するビルに移転したメビック。クリエイターの方々が集い感性に溢れた熱い場所というのは今も変わらずだ。交流スペースのオレンジ色の雰囲気はなんとなく以前のオフィスを思い出す。

聴講した分科会は「映像」に関する発信者と作成者のプレゼンテーションが行われた。IT機器の発達とSNSなどWEBマーケティングの多様化により、限られたマスメディアのモノであった「映像」による情報発信が、中小企業にとって身近な周知媒体になっているということを今更ながらに実感させられた。

大阪の参加者の方々にとっては辺境の地(爆)彦根から参加されたのは、彦根キャッスルロードに事務所を構えるクリエイター、北風寫眞舘の杉原さんと彦根CCIの安達さん。彦根藩屋敷を舞台とする映画「一命」http://www.ichimei.jp/
のプロモーションを通じて、映画・映像をキーワードにして彦根を発信していきたいという機運が盛り上がっていることについて、熱く語られた。

映になる地域資源がゴロゴロ転がっている彦根は、映像発信時代のコンテンツに事欠かない。商店街振興~ゆるキャラで元気を取り戻しつつある彦根の次の一手として期待したい。私自身も傍観者ではなく、出来る形で応援していきたいと思った。

かわいい珍客2011年10月07日 21時45分42秒

都心のオフィス街とはいえ、結構住んでいる人が多く、小学校も近所にある現在の職場です。

日中、トイレに向かうと、普段オフィスではお目にかかることのない装備一式が^^;

下校途中、我慢できなくなって迷わず駆け込んだ1年2組の男の子らしい。学校で指導されているのか、入り口前にランドセルと帽子をきちんと揃えていた。ええ子や。なんとも微笑ましい、ホッと和むひとときでした。

一年生だともじもじして、暴発してもおかしくない年頃だろうに、迷わず駆け込んで本懐を成し遂げるとは、なかなかの大物かもしれない。

子供が安全な場所と知って、駆け込めるオフィスというのは良いことだと思う。会社も地域社会の一員なのだから。

Decades2011年10月18日 20時32分55秒

明日で大台の40歳になります。正真正銘のおっさんだ^^;

昼休みに生保の外交さんが面白いものを持って来てくれた。
「思い出新聞」 なる、生まれたときから10年ごと、どんな出来事があったのか、ピックアップされている冊子だ。懐かしい言葉が並んでいた。

昭和46年 0歳
沖縄返還協定調印式、新宿副都心オープン、日本マクドナルド1号店、

昭和56年 10歳
神戸ポートアイランド展、千代の富士横綱昇進、ルビーの指輪大ヒット

平成3年 20歳
若貴大ブーム、都庁新宿移転、いざなぎ越え好景気、宮沢首相

平成13年 30歳
ユーロ通貨導入、小泉首相、米国同時多発テロ、TDSオープン

そして、平成23年
出来事はもちろん震災と原発。過去40年の出来事すべてが霞むほどのこの国難をいかに日本が乗り越えられるか。極めて大きな楔が人生に打ち込まれたと感じる。

 とりあえず、まずもって10年を4回重ねられる身体に産み育ててくれ、いまだ健在に見守っていてくれる両親に感謝だ。
 後半の20年に一緒に人生の歩みに加わってくれた家族に感謝だ。
 そして、40年間、出会った全ての人に感謝だ。

 人生、おそらく折り返し地点は過ぎているのだろうけど、あまり守りには入らずいろいろ挑戦して、過去の10年間に対して、いい意味で非連続な時間を過ごしていけるよう、精進します。

Alive2011年10月19日 22時54分05秒

自らの「生」を有難く、しみじみ感じる日のはずが、
大切な友人が亡くなったという知らせが飛び込んできた。

どうして、あと一言でも話が出来なかったのか、一行でも送信が出来なかったのか。。。支えられるばかりで支えることが出来なかったのか。。。後悔や怒り、あらゆる感情が渦巻き慟哭する。

亡くなった仲間の分まで生きるとか、ふと想いかけたけど、おこがましい。誰かに代わりにしょってもらえるほど、人の人生が軽い訳がない。

結局、私は、自分とせいぜい家族のこと位しか考えて生きていないことに気付かされる。他人の気持ちを思いやり、他人の気持ちを想像する力が足りていないのだ。

夜も更けてきて、(予想通りバースデイコールがないので;汗)嫁様に自分から電話して、とにかく不様でも貧乏でもドン底でも、なんでもいいから、無理せず「生きよう。」ということを、伝えた。

亡くなったら。残された人の思い出の中にしか生きられなくなる。
それは、今の時点では勘弁してほしいのです。

(「いいね」ボタンは故人の冥福の祈りにしてください)

異業種交流会2011年10月20日 22時44分08秒

仕事の帰り道、天王寺の異業種交流会に参加した。

発表いただく方は、政府系の「直接金融」に携わる実務家。
投資家の目から見た、伸びる中小企業の特徴について、経験に基づく事例を沢山交えてお話しいただいた。

投資と融資。どっちもバランスシートの右側に鎮座する、資金調達の項目だ。教科書では、短中期的な弁済の確実性が大事な融資と、中長期的な収益力と配当に関心のある投資は性格が違うとされている。

実際に企業の見方が異なるのかどうか、というところを最大の関心事として、聴いていたけど、そんなことはなかった。
きちんと現状分析して、持てる経営資源を無駄なく生かして、労を惜しまず、顧客思考で工夫しながら経営している企業かどうか。投資でも融資でも、大事な視点はそうそう変わるものではない。

最後に、伸びる企業のポイントを三つ集約して挙げられた。
1 常識にとらわれず顧客思考でサービスを追求する。
2 人材が人財になるように、育成を怠らない。
3 社員に経営への参加意識を持たせる、巻き込む。

特徴的なのは、3つのうち二つはヒトに関するものだということ。
ヒトがいかに力を発揮して経営を盛り上げていくかが大事ということだ。
自分達を振り返ったときに反省することも多い部分だ。しっかりしないと。

異業種交流会の魅力、年齢や業種の違う色々な方との意見交換も非常に楽しいものだった。日常業務の悩みも聴こえ、中小企業の現場の空気を感じることが出来たのは大きな収穫だった。

糧として、生かしていこう。

産業交流フェア20112011年10月21日 18時57分07秒

東住吉区、平野区の地元企業の見本市であり、地域の住民との出会い、ふれあいの場である産業交流フェアが開催された。

今年は、東住吉区での開催。場所はワールドカップの試合も開催された長居スタジアムの入り口ロビー。まずもってこの場所があるということが最大の地域資源だ。WCの試合が開催された町なんて、世界中の町のうちごくわずかなのだから。

地元サッカークラブのセレッソ大阪も参加したイベントがあるなど、例年にも増して気合の入った企画満載のフェア。短い時間だったけれど、知っている社長さんも多数出店しておられるので、楽しみに見て回った。

平日日中の時間帯、なにより目をひいたのは、地元小学生が社会見学をしていたこと。子供が自分の街にどんな企業や店があるのか興味を持つことは素晴らしいことだと思うので、良い取り組みだと思う。
地元旅行社である摂陽観光さんの社員さんが、ツアーとして引率しておられた。なんだかほんわかとしたムードが漂い、微笑ましかった。
母校の大先輩である摂陽の社長さんにも挨拶が出来たのでよかった^^
伺うと、東住吉高校の卒業生は少なからず地元中小企業の二代目三代目として、当地で活躍しておられるとのこと。とても嬉しく思った。







沢山、買い物をしましたが、最大の収穫は、相互製あん株式会社さんのブース。
以前からフェイスブックページを「いいね」していた会社だ。
SNSもうまく活用して、あんこのある生活を提案する、ユニークなマーケティングをされる企業。
トーストに二種類のあんこが乗せてあるのを戴き、ハートを鷲掴みにされた。
なんと優しい味なんだろう。 迷わず二本ゲット^^

地元企業がコラボして、あらたな地域ブランドを立ち上げる動きがあるなど、東住吉・平野は歴史があるだけでなく、伝統に根ざしながら新しいものを創る気概のある、素晴らしい街だと、昨年に引き続き感動しました。 出展者、関係者の皆様、素晴らしいフェアをありがとうございました。



経済講演会2011年10月29日 15時42分03秒

大変著名な方の講演を拝聴することができた。

第90代内閣総理大臣安倍晋三先生。
「日本再生への道」と題して行われた講演は、安全保障や教育、経済政策、震災復興など、短い時間ながら、中身が多岐に渡るものだった。

「日銀が通貨供給量を増やし、インフレターゲットを3%程度に設定すれば日本経済は再生する。」ということを力説された。

主要国のマネタリーベース推移を折れ線グラフを示して、日本の供給量に対して、中、米のそれがずば抜けて増加していることを説明された。
他国の通貨量が多くて、日本の通貨量が少なければ当然円高になるんやろうなあ、というのは感覚的に理解出来る。

ただ、印刷したお金を国民一律にばらまくことは出来ないだろうから、結局は銀行を通じて国債を引き受けることになる。そこで銀行が景気をけん引してくれる産業に融資出来るのかどうか。。。
うまくいって、何らかの形で経済界や家計にお金が届いたとして、先行き不安なので投資や消費に回さず、結局銀行に貯蓄するかもしれない。そうなれば堂々巡りか。

こうすれば、絶対景気が良くなるという処方箋がないだけに、経済政策は本当に難しい。まあ、久しぶりにマクロなことをもやもや考えるきっかけになったので、刺激ある時間だった。 

講演の最後に、「愛する国日本のために、損得ではなく、互いが助け合う精神でもって、一致団結して国の再生に取り組んでいかなくてはならない。」という趣旨を話された。4年前の退陣は「エッ!?」と思うほどあっけなかったが、それでも首相経験者の言葉なので、心にズシッと響きました。

第二回大阪ごちそうマラソン完走記~港区~2011年10月30日 14時08分55秒


2回目を迎えた大阪ごちそうマラソンを楽しみました。
初回の倍の人数が参加、ランネットの申し込みも早々と定員に達したという人気ぶり。
大阪マラソンより大阪らしい面白さが溢れる大会です。
走り終え、ゴールテープを切ったとき、「もう走れない。」ではなく、「もうこれ以上食べられへん。」と感想を残すのは世界中探してもここだけだろう。
ホントに楽しかった~!ごちそうさまでした。

昨年に引き続き、トイデジカメで撮影した映像を交えながら、大会の楽しさを記します。

地下鉄中央線朝潮橋を下車して、スタート会場である八幡屋商店街へ、
昨年より参加者が多く、駅を降りた時点で結構な人出。
案内ボランティアの方がしっかり誘導されていました。

八幡屋商店街の特徴である、中央のドーム部分では既にエイドの設置準備。
オレンジの巨大垂れ幕が、参加者を出迎えてくれます。
可愛いコックさん。今年もおられました。
集合場所に展示されていた第一回大会のレポート展示
このLONGブログも使っていただいてました。恐縮します。

商工会議所支部の方も総動員で手伝っていただいた受付を済ませ、グランドに集合
やはり、人が明らかに多い。うまく運営が出来るのか、事務局やボランティアの方々の不安や苦労が伺えます。
いよいよスタート、歩道の混乱やエイドの混雑を避けるために、数分おき20人ずつ位に分かれての段階的スタートを切ります。


地元小学校の金管バンドやママさんコーラス隊の応援を受ける演出
マルモリダンスのメロディーに合わせて、踊っているお母さんがとても可愛かった^^;
手作り感万歳の出発イベントは、このマラソン大会のおもてなし、暖かさを感じられるものです。

いよいよスタート。
スタート直後のセクションは、八幡屋の運動公園をぐるっと回るコース

市立中央体育館
一般的な体育館の構造物と違い、古墳のようなこんもりした山をくり抜き
掘り下げたような構造をしている。


再び八幡屋の商店街に戻り、最初の商店街エイドでおもてなし。
第一回大会で、最初のエイドが春日出商店街までなくて、お腹を空かすランナーが続出したため、コースが変更されたのだろう。
八幡屋の皆さんの心づくしのごちそうに早々にありついて、ランナーのテンションは上がります。


たこ焼き、お好み焼き、どら焼き、わらび餅など、早速腹ごしらえの時間
可愛いコックさん。今年もありがとう。



大通りから港方面に抜ける細い商店街に入るところ、初参加のランナーが
「うわ~、もう走る気ゼロ!こんな大会あるんか~楽し過ぎやろ~。」
と、爆笑してました。沿道の商店主の拍手も暖かかった。
序盤の走り始めに、商店街の楽しさと暖かさを存分に味わえる演出が、昨年以上に良かったと思います。
唐揚げが、本当に美味しかった。
八幡屋で、しっかりごちそうを食べて、しばし真面目なランニングが続きます。


天保山運河の景色。
港湾地帯の風情が感じられます。
当日曇天で、天気に恵まれなかったのは残念でした。

阪神高速湾岸線をくぐり、築港方面に向かいます。

岸壁地帯、サントリー大阪第二工場近くの風景

築港へ渡る橋の名前をみてびっくり!
有名な和歌に登場する難波津の名前が使われている。
「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」
実際の難波津というのは、諸説あるそうだが、もちろんもっと大阪市内の中心部
難波とか三津寺、高麗橋のあたりだったそうな。

太古の大坂、水運で育まれた街を想像しながら、ひた走る。


湾岸線の橋や、築港赤レンガ倉庫が、このセクションの目のごちそう
走り切ると、港区築港の街に入ります。

字のごとく、大阪港湾地帯を開発していく時代に、沢山の労働者が居住するようになったのが、街の起源だろう。下町の風情がある街だ。
昨年も振舞ってくれていた、築港「飴ちゃんエイド」
冷やしたゼリーなど、駄菓子ももてなされていた。

大阪税関の脇を抜けて、中央突堤の先っぽまで、走ります。
このマラソンで一番景色が良い所、広々とした大阪湾の眺めです。
翌週、大阪マラソンのゴールになるATC、インテックス周辺が対岸に見える。

夕日がきれいなポイントとして、「ダイヤモンドポイント」の認定をうけたそうだ。
絶好の記念撮影場所では、ボランティアの方が、ランナーのカメラのシャッターを押す。
細やかな心配りにランナーたちは感謝していた。
突堤を戻り、天保山の人気スポットへ足を進める。


海遊館や大観覧車の他、タイミングがよければ、帆船型観光船のサンタマリア号も見られる。
見どころ沢山のセクションを抜けて、天保山登山の苦行に挑む。

標高4.35Mの山を登りきると、二等三角点を見ることが出来る。

下山後は、序盤港区のクライマックス、大阪市営の天保山渡船へ、

渡船エイドでは、南市岡田中温泉で組み上げられた「地底旅行」天然温泉水が振舞われていた。
「ほんまや」だけが、大阪の有名水ではない。

現代でも、市民の足として根付いている市営渡船。水都の風情を感じます。
ランナーだけでなく、普通に市民の方が利用しておられた。


チャリンコに乗った外国人の方。この後、此花区USJに入られたので、キャストの方なのだろう。
此花区側にマンションやアパートが少ないので、港区側に宿舎があり、渡船を使って自転車通勤している方が少なからずいるそうだ。
古いものと新しいもの、和と洋、色々交錯する大阪市の港湾地域を象徴する風景


港区を離れ、ランナーたちは此花区に入ります。





第二回大阪ごちそうマラソン完走記~此花区~2011年10月30日 15時51分08秒



下船して、此花区に入る。USJの歓声や音楽が漏れ聞こえてくるセクションだ。
今年も巨大ツリーの先っぽが見えていました。


昨年同様、ジェットコースターの悲鳴を楽しみながら走りました。耳にもごちそう^^


ホテル群の派手さに負けないごちマラのノボリ。
配置するだけでも相当大変な作業だと思う。観光客も多く、やや道の分かりづらいこのセクションではとくに、ありがたみを感じました。
大阪商工会議所此花・西・港支部が作成されたコースマップにも、注目ポイントとして記されていた、住友金属工業の外壁を彩る大阪名物の展示
このセクションは徒歩を奨励してもいいのではないかと思うほど、色々な情報が詰まっていて面白い。
広域の大阪名物だけでなくて、此花区の歴史や名所などが詳しく展示されていて見どころ沢山だった。
安治川口界隈では、ハイテク企業の揺りかご、島屋ビジネスインキュベーターが健在だ。
先日は産創館フェアを開催しておられた。
…大阪市政に激震が走っても、こうしたきちんとした創業支援施設が存続されることを、切に願います。マジで。


北港通の交差点、エイドが設置され、地元のシニアの方のもてなしをうけます。
ちょうど信号待ちで、ボランティアのおっちゃんに、「その神社、読み方わかりまっか? 信号待ちの間考えてみ。」と声をかけていただく。
サンド?ウブツチ?  宗教心に欠ける日ごろを反省します。
うぶすな。と読むそうです。古来より、地域の守り神として祀られるものです。

道を渡り、正連寺川につき当ったところが、住友電気工業の工場のあるところ。
大規模な工事が昨年同様に行われています。
海の方向の写真を撮っていると、ボランティアのご婦人に、
「昨年もそっちの方向の写真を撮っていませんでしたか。」と声をかけられた。
昨年もこの場所で、ボランティアをされていたそうだ。

「そちら側にカメラを向ける人はいないので、変わった人だなあと思っていた。」とのこと
意外なところで話が繋がりました。
街の人との再会があるというのも、手作り市民マラソンの魅力だと感じます。


堤防沿いの道を右折して、いよいよ春日出商店街に入ります。
ごちそういっぱいの商店街エイドに突入です



ボランティアの方のみならず、沿道の老若男女の歓迎が、素晴らしい。
本当に暖かい商店街だ。
此花区のゆるキャラ「このはちゃん」も歓迎してくれます。
そういえば去年は阿倍野区の「あべのん」も応援に駆けつけてたか。


たこ焼きに加え、大阪名物、いか焼きも振舞われていました。
本格的ないか焼き器を見るのは久しぶりだ。
その他、手作りミックスサンド、寿司、フルーツ、漬物などなど
昨年を上回るごちそう、もてなしの数々、ランナーの歓声が上がりました。

走り始めのエイドで食べているので、昨年よりはランナーの食の進み具合が遅いような気がしました。


ビリケンさんの、足をなでて、今年も完走・満腹祈願^^

地元から出場したランナーもいたらしく、店のおばちゃんから盛んに声援を浴びていた。
いいね、こういう雰囲気。
春日出商店街の皆さま、今年もごちそうさまでした!

JRゆめ咲線をくぐり、安治川河口方面に向かう。
43号線の高架の下あたりを斜めにくぐるこのセクションは、ランナーがどこを走ればよいのか、地形的にもややわかりづらい印象だった。

運河を渡る手前のボランティアの方
昨年のブログに寄せていただいたコメントで知った、8本煙突の発電所だ。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Hemingway/4963/column/20020302.html
今はホームセンターになっているけど、工業地帯此花を象徴するような景色が広がっていた場所だそうです。
運河や鉄橋、工場、など、この辺りの景色は「大大阪」の時代を想起させる
工業都市大阪の風情を感じます。
阪神なんば線の高架脇には、此花区から西区を結ぶ安治川トンネル、
ひんやりとした空気を感じながら、西区、九条の街並みを目指します。