湖北の春2007年04月14日 11時25分43秒

姉川の古戦場
織田軍が浅井、朝倉を攻め込んで行った合戦の地は、堤防にたくさんの桜が花を咲かせている。

その後、浅井が滅びることとなった小谷城は急峻な山の中、「熊出没注意:」の看板があったので、入り口で引き返してきた(冷汗…)
お市の方や後の淀君を秀吉が救い出した、歴史の舞台から、琵琶湖を眺めると、湖面に竹生島が浮かんでいる。

手前に走る国道365号は確か北国脇往還という街道で、柴田勝家との闘いに挑む秀吉が大垣から大返しで駆け抜けた路。
戦がなかったので遺構がたくさん残っている彦根城と比べて、戦国時代の城はつぶれているので、見所は少ないかもしれないしれないけど、山と川と道の配置を見て、当時の戦がどう展開して行ったか想像するのは、なかなか興味深い。
滋賀は歴史の舞台だったんだなあと、実感。

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